詩 「ハチミツ」

ー都会で一度甘いハチミツを舐めると

鋭利な幸福感が舌に絡みついて口が開かなくなる人がいるから、気を付けなさいー

 

ヘッドホン越しに、その黄金色に滴る糖度と副作用を耳打ちされる

私は首に巻きついて刺さりっぱなしの、ジンジャーエール色の夜風を丁重に解きながら

尖った喉の痛みを騙し騙し駅まで歩く

ヒリヒリする唾を飲み込むたび、お花の付いたヒールも油断して銀色の渓谷につまずく

ヘッドホンをぴったりと耳に当て、ずっとその声の続きを待っているのは私の機能だけではないのだ

シートの窪んだ藍色だけを凝縮し動き出す車窓越し、舌先がシュワシュワと微発泡し続けるカーブで、透けそうな私の呼吸にひと粒、今日のノンシュガー飴をやる

 

「お出口は右側、右側です」

がじ、がじ、噛み砕くように一斉にプラットホームを降りていく

ジャケットに忍ばせた両手の、明日ぶんの飴を探し当てる間もなく

改札口へと空芯のターンで滑っていく踵が先週の健康診断の結果を思い出す

備考欄に細胞壁が見つかったと書いてあったんです、指示に従い退化させないようにと

そんな甘い話...

ーこれから朝晩二回、踵を揃えて自分の足に水をあげ続けたら今いる場所で咲けますー

 

定期入れの内側に隠し持っていた分光器で

東口のチカチカするネオンや雑踏を切り裂く

何も発光しない、タッチペンでぐるぐると黒く塗り潰した今日の夜空に、つま先に力を込めて

喉の奥にしまっておいたハチミツ色した三角刀でぐるり、都会の空をまあるく彫る

「ほら、満月が浮かんだよ」

 

(2013.3「詩と思想」読者投稿欄)